2017年8月17日木曜日

2017.8/12 RCAY 中華民國空軍航空教育展示館

午後からは空軍の展示施設「航空教育展示館」へ。

 
救難飛行艇HU-16A Albatross UH-60を後継機に1987年に徐役となりました。
日本では試験用に4発に改造されたUF-XSがされたかかみがはら航空博物館(現在改装中)に保管されています。
S-2と同系列の迷彩が施されかなり格好いい機体です。

C-47(DC-3の軍用機版)。言わずと知れたベストセラー機です。
台湾では蒋介石のVIP機として使用されていました。1994年徐役。

Boeing720は707の短胴型、小型機タイプとして開発された機体。
しかし727の開発によって少数のみの生産となりました。台湾ではVIP機として運用。1991年徐役。

日本の博物館同様吊られている機体もあります。
中国人民解放軍のMiG-17とMiG-21。台湾に人民解放軍機がいるのはとても不思議ですが、これらの機体は亡命機や押収機のようです。手前のMiG-17は桃園空港に亡命してきた機体だそうで、奥のMiG-21は基隆税関で押収した機体を空軍に送られたそうです。
初期型ということでキャノピー後部に明り取りのウィンドウが設置されています。
 
台湾のF-86F Sabreは1977年に徐役しています。日本の機体よりかなり派手にペイントされていました。
派手派手な塗装が格好いいですね。。

 パズマニーPL-1Bは米国パズマニー社が最初に開発したホームビルト機。
台湾ではなんと練習機として「介壽」の愛称で使用されていました。
1982年徐役。
 T-CH-1はT-28トロージャンをAIDCが空軍向けに改造した攻撃練習機。
ノーズが長くなってすでにトロージャンの印象から大きくかけ離れた機体となっています。
AT-3を後継機に1998年徐役。

U-3Aはセスナ310の軍用型。米陸空軍をはじめ各国で使用された機体です。
台湾では連絡機として使用されていました。1997年徐役。
 F-84Gサンダージェットはリパブリック社の戦闘機。後退翼をもつサンダーストリークはサンダーバーズでも使用された機種です。
台湾他各国で使用されましたが、台湾では数々の空戦で功績を残している機体でもあります。

T-38もつられていました。
米国から供与されF-5Bとともに花蓮基地に配備されていました。白い機体と何もない翼端が特徴です。

陸軍で使用されていたUH-1H。日本ではつい最近まで使用された機体です。
台湾ではまだ現役のようで、その姿を一度見てみたいものです。

B-26インベーダー。現在はS-2/P-3を運用する34中隊の前進となる空軍34中隊(黒蝙蝠中隊)で偵察機として使用されました。任務終了・解隊後はアメリカに戻りましたが、12年に引退した2機のF-5との交換により帰国。台湾に戻った際に当時の塗装に復元されています。
米軍の機体の多くはノーズのグラス部分が改造されてしまっていますが、この機体はグラスのままでした。

F-5Fのハイビジ機が展示されていました。
台湾ではまだ現役の機体ですが、用途廃止となった機体からこうして展示されているようです。

F-104G/D。Dは迷彩塗装で展示されています。
台湾では空自や西ドイツ空軍、デンマーク 空軍、ベルギー空軍で使用されていた中古機を導入していたそうです。1997年に全機徐役。
Gはドイツからの機体で、尾翼が拡大化されています。

XA-3はAT-3の軽攻撃型の試作機。
AT-3から2機が、単座化、HUDの装備の他、ミサイル等の攻撃用ウェポンを搭載できるよう改造されたようです。

RF-101はF-101のRF仕様。カメラを付けるためF-101とはノーズの形状が異なります。
台湾独特の迷彩が素敵です。1973年に徐役。

練習機として使用されたパズマニーPL-1。上のPL-1Bの原型です。
1981年徐役。
 
MiG-19の中国版、J-6。金門空港に亡命した機体だそうです。
 
同じくJ-6。台中に亡命してきた機体だそうです。

MiG-15。こちらも亡命機。桃園に亡命してきたそうです。
 
この派手な機体はIl-28 爆撃機。安価であることなどからソ連以外でも使用されました。
この機体は桃園基地に亡命したそうです。
 
P-40 Warhawk。日中戦争で日本軍の攻勢に苦しんでいた中華民国に導入され、活躍した機体です。

Boeing PT-17 Stearman Model 75を軍用転用した練習機モデル。1958年徐役。
エンジンは異なるものの、ブライトリング・ウィングウォーカーズが使用する機体と同型の機体です。
 
第二次世界大戦で有名なP-51 Mustangの後期型P-51D 。
台湾では共産党軍と交戦した歴史を持ちます。

S-2AはS-2の初期モデル。S-2Eとはエンジン後部、ソノブイ投下装置の形状が異なるほか、翼端の形状が異なります(画像では確認できません)。
初期はガルグレーにペイントされていましたがのちに台湾洋上迷彩へと変更されました。1994年徐役。岡山の機体はガルグレーに戻されましたが桃園に展示されていた機体は迷彩状態を保っているはずです。

今年何回も何回も台湾に通い仕留めることができたS-2T。ここには2206号機が展示されています。
独特の迷彩は左右異なるものとなっています。
 
唯一フライアブルで現存するS-2T 2220 (5/12 RCSQ)
 
様々な歴史的価値を有する機体が展示されている航空教育展示館。屋内展示は写真を撮影するのには不向きですが、機体は良い状態を保っており、またスペースが広く好印象の博物館でした。

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