2019年6月15日土曜日

NAMC YS-11A-500 RP-C3585 / YS-11A-200 RP-C3588

 
マニラ ニノイ・アキノ国際空港のジェネアビエプロンに佇むフィルアジアンエアウェイズ塗装のYS-11。
機体は2149号機 日本国内航空(JDA)向けにJA8771として1970年にデリバリーされた機体です。
当時の機体愛称は「あきよし」。
その後日本では東亜国内航空(TDA)、日本エアシステム(JAS)、日本エアコミューター(JAC)を渡り歩きました。
型式はYS-11A-200でしたがTDA時代に-500化改造を施されています。
特筆すべきはその間の塗装で、TDAになって以降、JAS、JACとレッドアンドグリーンのカラーでハイブリッド塗装で運航された2機のうちの1機であり、レッドアンドグリーンにポップな文字でJACと書かれた尾翼は今でも多くの写真が残ります。
そんな2149号機はJACのフルカラーとなっていましたが座席数が他の機体と異なることから使い勝手が悪く、訓練機として使用されることが多い機体だったそうです。
2005年に引退し、現在のRP-C3598となりフィリピンへ渡りました。

フィリピンではJASカラーのRP-C2252の部品供出と教材に使用するためエアリンクインターナショナルスクールに移籍。
とはいえ良好な状態であったRP-C2252のおかげか特に部品が取られることもなくJACカラーのまま2013年まで翼を休めていました。
転機が訪れたのは2013年。ミッドシーエクスプレスがフィルアジアンエアウェイズに社名変更、同時にJS32からYS-11に期待を大型化し離島路線を運航することとなりました。
そこで白羽の矢が立ったのが当時アエロメジスティックで運航されていたRP-C3591と、このRP-C3585でした。
RP-C3591が先行でライン投入されましたが、この機体は長らく飛んでいなかったこともあり整備に時間を要し、その間にフィルアジアンエアウェイズは倒産し、この機体も行き場を失いました。
そのため現在も美しいフィルアジアンエアウェイズの塗装を維持しています。

YS-11の特徴である長い主翼にはRP-C3585の文字が刻まれています。
 
フィルアジア航空の鳥のマークがペイントされた尾翼。
RP-C3591とはレジの位置やデアイサーブーツの色、ロゴの大きさなど塗装が少し異なります。 
 
 プロペラはおそらくJAC時代のままの部品。
遠目では綺麗に見えた部分も細部を見るとくたびれ感は否めません。
 
アンチコリジョンライトは日本時代にフラッシュタイプに変更。自衛隊の機体とは形状が異なります。
 
グランドレベルで。片輪がパンクしている為機体が傾いています。
 
ギアなどを整備するため、機体の周りにはジャッキアップ装置が置かれていました。
 
機体の下側には何処から捻出したのかANKのモケット模様の座席が散乱しています。
 
中には座布団が無い座席も。濡れない場所に置いてあり、廃材というよりこれから使用するための整備中という感じのようです。

機内は座席モケットがすべて掛け替えられフィルアジアンエアウェイズの仕様となっていました。
この機体があと一歩で飛べたことを物語ります。

座席モケットのせいでJACのイメージとはかけ離れた機内。とても綺麗な状態で、 運航に使用しても問題ないレベルの機内だと感じてしまいます。
これから復帰させるためか床には養生がされていました。
 
ノスタルジーな機内仕様には日本語表記も多く残されています。
 
 
ギャレイにはJAS/JACメンテナンスマニュアルも。
日本語のマニュアルですが整備には使っているのでしょうか。
 
コックピット。

長年離島の足として機体を支えてきた操縦桿。

計器盤にはCOMMUTER 8771の文字が。

横にはもう一機真っ白の塗装のYS-11が駐機しています。 

機体は2168号機 南西航空向けJA8787として1972年にデリバリーされた機体です。
当時の機体愛称は「そてつ」。
以後南西航空(SWAL)から日本トランスオーシャン航空(JTA)へと変更されましたが、この機体は唯一新塗装とならずSWALカラーを維持した機体で、その塗装のまま1993年まで使用されて、現在のRP-C3588となりフィリピンへ渡りました。

フィリピンではアジアンスピリットの機体として活躍。
アジアンスピリットではビルボードタイトルの塗装で主力機として運行されましたが、2003年にJACなどからの新しいYS-11やBAe146などが導入されると、この機体は余剰機となり、その後ロゴが消された状態でニノイ・アキノ空港に留め置かれるようになりました。
それからは手が入れられていませんでしたが近年再び手が入れられるようになりました。

南西航空/JTA時代の塗装を色濃く残す翼の下にはRP-C3588の文字が刻まれています。
アジアンスピリット時代からの尾翼のレジは既に禿げ気味。
 
逆側のデアイサーブーツが置かれていて、こちらはメンテナンス中と思われます。
同じ場所にプロペラが…。この機体には装着されているので解体された別の機体のものの予備品でしょうか。
 
プロペラやエンジンの塗装は随分とくたびれています。

汚くなってしまっている翼の上や胴体。
あくまで錆などではなく雨が運んだ土で、触るとザラザラしています。
この機体は整備をするにあたって一回全面的に洗うことが予定されているそう。
 

フラップが降りている為油圧などが抜かれているのかもしれません。

JTAの機内は通常カーテンであるはずですがこの機体はなぜか一般的なシェードタイプとなっています。
 コックピット前のしきりにはJTA時代の模様が刻まれていました。
 
よく見るとパネルが外された場所も…。
どうやら解体された別の機体のパーツを使用してカーテンタイプからシェードタイプへの変更を行っているようです。

非常口にはカーテンタイプのユニットが残っていました。
 
座席はなぜかANKの仕様の座席が倒されて並んでいました。
座席も少なくおそらくRP-C3585の機体下に置いておあったものをいずれ載せるつもりと思われます。

ノスタルジーな機内。
スチュワデス呼び出しの文字も残ります。

日本語が残る機内。

こちらの機体はアジアンスピリット時代からの継承機だからか、アジアンスピリットのチェックリストが搭載されていました。
 現在エアアジアとなってしまった同社のロゴの書類がまだ生きていることも驚きです。
 
部品を交換されているからか、意外と綺麗な計器盤。
その上の方にはJA8787の文字が書かれたプレートもあります。
 
メンテナンス用のマニュアルと思わしきファイルが積み上げられていました。
 
 
 
この2機は今まで1度も同じ会社の下に所属したことのない機体ですが、シスタープレインとして現地のメンテナンスチームに愛されています。
2機は現在、再び空を舞うことができるようにフィリピンのメンテナンスチームがのんびりとしたペースで修理が続けられており、いずれは乗客を乗せてライン復帰する計画もあるそうです。
日本では旅客機としての運行を終え、航空自衛隊の飛行点検機でさえ間もなく引退といわれる中で、こうしたYS-11の復活計画が日本から離れた南の島で密かに行われていることに嬉しさを感じます。
 
鹿児島で、沖縄で、フィリピンで数々の島民の足や、訓練に使用されてきた機体。再びその翼で人々を乗せて、空を飛ぶ日が来ることを、願わずにはいられません。
 
写真:すべて2019.6/9 NAIAにて。


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